日本とスペインの経済的架け橋
日西経済友好会
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日西経済友好会 第58回定例会活動報告


日時:2012年10月12日(金)19:00〜21:30
場所:カフェ・ジュリエ
参加者:47名
1)清水憲男氏(早稲田大学文学学術院教授)  講演
2)概況説明
   
1) 講演:清水憲男氏(早稲田大学文学学術院教授)
  「危機の内側から −歴史とフィクションの視点−」
   
  講演概要
  1. 「データ上の厳しい現実」
  - 現在、560万人の人々が職を求めており、本年3月時点で、若者の失業率は52.7%に達した。多くの若者がドイツや中南米にまで出稼ぎに出ており、本来の頭脳流出とは異なるが、これからのスペインを考えると、若者が海外に出てしまうのは健全なことではない。
  - スペインには自治の問題があるが、17自治州の内最も経済規模が大きく、国内総生産の1/4を占めると言われるカタルーニャ自治州は、片方でスペインからの完全独立を主張しながら、片方で中央政府に5千億円もの支援を求めており、他の自治州も大なり小なり同様で、最も中央政府に近いとされるカスティージャ・ラマンチャ自治州でさえも先日、8.5千億円の支援を求めた。
  - スペインは伝統的に文化活動に非常に理解のある国で、文化への自負心が高いが、芸術活動に対する税金をこの9月、8%から21%に引き上げた。
この結果、20%の文化事業が倒産、4,500人が失業、年間4,500万人が映画や音楽会に行かなくなったと推定されている。
セルバンテス文化センター(Instituto Cervantes)でも、予算が全体で37%カットされ、注力していたブラジルの2ヶ所を閉鎖、又、シリア、ブルガリアから撤退した。
これと好対照をなすのが中国で、孔子学院(Instituto Confucius)は、莫大な金額を使ってスペイン、ポルトガルに進出している。
   
  2. 「表面上の現象」(日常の表の側面)
  - 昔から観光収入が多いが、実際に行って見ると、これだけ不況、危機が叫ばれていても現地では全く感じられない。レストラン、カフェテリア、どこへ行っても満員、人々の 表情も暗くない。デモに行く前に一杯やって、デモの後も頑張ったなと一杯やり、帰宅する。これが失業、経済危機の国なのか?
  - これだけ、不景気で、強盗、スリが急増したかというとNO、物乞いが増えたかというとNO、テレビを見るとリゾート地は芋を洗うような混雑。友人に物乞いが減っているようだがと尋ねると、「物乞いもバカンスに行っている」とのジョークが返って来た。
  - パン屋の傍を通ったら、物乞いが右手に紙コップ、左手に携帯電話を持ち、楽しそうに話している光景を見た。これは単なる偶然なのか?
  - 発癌性で騒がれている煙草だが、スペインでは、とりわけ女性喫煙者は着実に上昇している。(本当に困っていたら止めれば良いと思うのだが。)
   
  3. 「もう一つの側面」(日常の裏の側面)
  - ジャーナリズムの喧騒とは裏腹にスペインは変わっていないように見えるが、冷静に観察すると別の様相も見えて来る。
  - レストランの注文内容の変化
安目の飲み物、食べ物に明らかにシフトしており、長時間ねばる客が急増。レストランでは軒並み、入り口の目立つ場所にMenúが見られる。アラカルトだけだと、客が近付かないので、10ユーロ程度の昼の定食で客を集めようとしている。又、行楽地では、ピザ屋は混んでいるが、隣のレストランは閑古鳥が鳴いている。定食よりもっと安いピザで済まそうということで、スペイン人がピザを好きになった訳ではない。
  - 日本人感覚では、不景気なのに何故バカンスか?ということになるが、スペインでは、長期休暇が義務付けられている。しかし、以前は、ホテル、別荘に長期滞在したが、今は親戚、友人と安アパートを借りて雑魚寝をする形が増えている。
  - マドリード他の町で歩いていると、売りに出ている家、駐車場などの不動産が目立つ。昔から不動産だけは値下がりしない、安定しているという幻想があり、以前は返却の目処がなくても、銀行は融資をしてくれた。しかし、今は借金を抱えて、安値で売らざるを得ない人が増えている。それをロシア人、チェコ人、イギリス人、ドイツ人、そして中国人が買っている。
  - 町の大小を問わず中国人が進出、そこいら中で中国人を見る。以前は、中華料理屋をやっていたが、今は、家具、ブティック(高級なものも)、和食レストラン、スペイン在住の中国人用の旅行代理店、不動産屋まである。
  - エクアドル、ペルーからの出稼ぎも以前の勢いはないが依然として多い。最低賃金は600ユーロだが、中には不法滞在者もいるため、最低賃金を払わずに、400ユーロで雇うケースもある。
   
  4. 「新聞報道で喧伝される不況と現実の享楽の格差」
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このズレがどこから来るのか?スペイン人に尋ねると、皆、地下経済Economía Sumergida があると答えるが、何だと聞いても、成程という答えは返って来ない。
私の体験した、分かり易い例で説明すると、
失業者で何らかの技術を持っている人は、失業保険(最高、丸2年、給料の60−70%)をもらいながら、技術を使った仕事に精を出して、本来働いていた時よりも収入が多くなる。こういう人が少なからずいる。
小さな会社、商売、手仕事で、本来、物を販売したり、仕事をした場合、IVA(付加価値税)を上乗せしなければならないが、裏でIVAを取らないケースが多く、お客も喜ぶ。バレたら不味いが結構多いのでバレない。
   
  5. 「スペイン人の人生観」
  - 経済的な行き詰まりはスペイン人の行き詰まりを意味するのだろうか?ジャーナリズムの報道とは異なり、実際には危機感が伝わって来ない。口先だけで終わっていることが少なくなく、寧ろ大変だと言うのを話題の種にしているだけのような気さえしてくる。
  - 失業率20%、若者の2人に1人に仕事がないとしたら、日本ならパニックになる。スペイン人が人生を楽しむ達人であることは言うまでもないが、これは楽観的、ノンビリでは説明が付かず、人生観と関係してくるのではないか。スペイン人は、実はもう反面、禁欲主義的な所がある。
  - コルドバ出身の古代ローマの大哲学者、セネカの「現実を所与のものとして、あるがままに捉える」という発想は、スペインの精神史に多大の影響を与えており、自分の時代が厳しくなっても、人生そのものを揺るがす程の大事件とは捉えず、実際、そういう姿勢が見られる。
私は、「本当の影響というのは、当人が意識しないレベルで、実はその影響を間接的にであれ、被っている影響こそ、本物の影響であろう」と考える。
尚、こうした「禁欲主義」をセネキシモとも言われるが、現在のスペイン人が皆、セネカの本を読んでいるという訳ではない。
  - もう一つ意外な点として着目されるのは、ヨーロッパ全体として、カトリック、プロテスタント信者が減っている中で、スペインでは本来、金持ち、貧乏人であれ、有識者、文盲であれ、幼い頃から日曜日には教会に行って神父の話を聞く習慣があり、今でも続いている。
カトリック修道会に「托鉢修道会」(Órdenes Mendicantes)というものがあり、フランシスコ会、ドミニコ会、カルメル会、聖アウグスチノス修道会が代表的な4つの修道会で、何れもがスペインでは13世紀から綿々と力を持ち続けている。
「清貧」を重要な美徳と主張し続けているが、困難な時にこそ、こういう教えが活きて来て、絶望、悲嘆のどん底に陥ることを回避するのに、間接的にでも役立っているのではと思われる。つまり、本当の影響というのは、当人が意識しないレベルのものが、本当の影響と言えよう。
  - スペイン文学の最高峰、セルバンテスのドン・キホーテ後編44章で「慈しみ、謙虚さ、信仰、忠義、そして貧困を座右の銘とする者こそ神に近い。」と言っている。
  - 今夏、滞在中、テレビ報道番組で興味深い光景を見た。
ラ・マンチャ地方の或る所に使用済み核燃料処理地が決まった。住民は非常に冷静で、働き口が出来るので良いと、あるがままの状態を受け入れたが、特に、或る老婆が「今の世の中、危険のない所など何処にもない。何処にいても同じだから構わない」と言ったのは印象的であった。
日本では考えられない対応で、「ことによると、もっと悪くなるかも知れないが、それでも未だ大騒ぎする程ではない」ということだが、これは楽観的というより開き直りと言った方が良いかも知れない。
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私の好きな、今まで色々助けられて来た所のある、2つの諺をご紹介したい。
Hay que darle tiempo al tiempo.
何かあっても、それなりの時間をゆっくり掛けて対応しよう。
La sangre no ha llegado al río.
傷を負って出血したが、それでも、その血は未だ川の本流にまでは至っていない。
未だ取り返しの付かない所までは行っていない。だから良いではないか。
何れも、何らかの困難に直面した時の諺で、今日の経済危機が騒がられるずっと以前より、スペイン人から聞いて来たものである。
   
  6. 「歴史からの考察」
  - 現在のスペインは経済危機に遭遇しているが、破産はしていない。
昔と異なり、EUという枠組みがあり、スペインの破綻はEU全体の破綻にも繋がる。その意味で、スペインが破綻したら困る。日本では、ギリシャ、スペインの経済危機と報道されているが、この視点は決して正しくないと思っている。
  - 大変だと言いながら、最終的には何とかなると信じて疑わない所があると思われる節がある。非常に長期的なスパンで眺めた場合、過去500年間で13回破産しており、これは大したものとも言える。
13回破産というのは、欧州随一で、次は意外に中南米に飛んで、ベネズエラ10回、エクアドル9回、チリ8回である。
スペインは破産を繰り返すことを強固な伝統としており、国債を発行しても支払わず踏み倒して来た。
  - 16世紀には、「太陽が沈まない大帝国」と、もてはやされるまで押し上げた、通称、慎重王(Rey prudente)と言われたフェリペ2世の時代、1557年に第一回目の破産をしている。
今日のBonoに相当する、その当時のスペイン語で言うAsientoを発行したが、よりによって、現在と同じく、ドイツの銀行に莫大な被害を与え、泣き寝入りさせた。
  - 1575−97年に、フェリペ3世 フェリペ4世、カルロス2世、カルロス4世、フェルナンド7世、イサベル2世の時代に、ひたすら財政破綻を繰り返した。
一番最近の財政破綻は、1939年のフランコ内戦終結時で、1億ユーロの負債を抱えていたが、こともあろうに今と同じく、ドイツの銀行に大損害を与えた。
  - 当時の記録として、16世紀の歴史学者でLuis Ortizの「Memorial」(記録)が1558年に出たが、新世界発見(到達)後、約60年の本来、昇り龍で栄えていたはずの時期に、著者は極めて明快にスペインの没落を説明している。
そして、勢力を拡大して行ったはずのスペインだが、1559年、フェリペ2世が、「ボローニャ、ナポリ、ローマ、コインブラの4つの大学を除いて、スペインの大学生は海外に留学してはならない」という奇妙な法律を出した。
拡散出来るのに、知的なレベルで外部との閉鎖を図ったと言えるが、今日では、逆に皮肉を込めて、背伸びして、胸をふくらませてEUに入ってしまったと言える。
しかし、又、一方、逆に、カタルーニャを始め、ナショナリズムが横行、自分の殻に閉じこもろうともしている。
私は、政治的な難しいことは分からないので、現象の指摘に止めたい。
   
  7. 「文学からの考察」
  - Luis Ortegaの歴史書より更に4年前の1554年に有名な短編小説(作者不明)で「Vida de Lazarillo de Tormes」「ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯」(日本語訳あり)という本が刊行された。

小さい時に孤児となった主人公の少年が、「どうしたら自分はひもじい思いをしないで執念深く生きれるか」ということを自伝的に書いたもので、文盲で技術もない少年が職を見付けるとしたら、身の回りの世話をする奉公しかなく、主人公の少年は奉公先を変えるが生活は楽にならず、「これ以上変えてもっと悪くなるなら、今ある悪い状態をそれなりに肯定して発想を変えよう」という奇妙な悟りに達し、青年になって、こともあろうに、ある神父が囲っていた愛人を貰い受け結婚、「自分は今、幸せの絶頂にいる。」と宣言して、この小説は終わる。
  - 強烈な風刺であるが、注目したいのは、厳しい日常を辛いとするのではなく、もっと辛い日常があるかも知れないので、今を肯定、日々を謳歌出来ないかという発想が、16世紀の本来、金持ちであるスペインで指摘されていることである。
  - スペインという国は、新世界を発見して半世紀後の富が貯まったはずの16世紀中頃に、約15万人の放浪者がいたと推定されており、誰か金持ちにすがって寄生虫的に生きて行こうという発想が出て来て、実際にそういう人々が急増したという記録がある。
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経済的な苦しさを芸術に取り込むのは、スペイン芸術のもっとも得意とする所で、例として、お金についての17世紀のものを2つ上げたい。

お金のことを詠った17世紀の或る詩
お金というのはインディアス(新世界)で生まれ、世界中がそれに纏わりつきスペインに落ち着こうとしながら、ジェノバで埋葬されてしまうのです。
当時は、ジェノバのユダヤ系の銀行がヨーロッパの金融をコントロールしており、スペインはジェノバの銀行に大変な借金を抱えていた。

17世紀の小説
あるフランス人がスペイン人を観察、余りに金銭に鈍感なので、「やれやれスペイン程、進んだ国のくせをして、まだ処世術をわきまえず、老境に至っても未だ生きて行く術を知らない」と揶揄、皮肉った。
   
  たった今の現実とは直接結びつかないが、古典、歴史、芸術から見ると、遠くから現実を牽引する、或いは、思わぬ所で人々の行動や思いに波及する側面もあるのではないか。

現在のスペインの破綻は、ギリシャを核としたヨーロッパ全体の危機に拡大しているという点で過去とは異なっており、スペイン人に言わせれば、スペインは破綻してしまった訳ではなく、一つの危機に直面しているということにもなるのかも知れない。

今後のスペインが、「このまま超然、もしくは泰然として時間の経過を進んで行くのか」、「EUに救援されて包囲される形で進んで行くのか」、或いは「自らの叡智で思わぬ展開を切り開いて行くのか」、この三つのシナリオがどうなるのか、私は、口を挿む立場になく、むしろ、経済を直視している皆様からお聞きしたい。

ただ、スペイン人とは、かって、幾度と無くどん底を経験、破綻して来ながら、執念深く、力強く生きて来た民であることを認識しておく必要があると指摘したい。

経済の問題、政治の問題は、夫々の分野に限定した上で解決を図ろうとしても、中々難しい所があるが、それは、大元に人間という理詰めではいかない存在があるからだと思う。

私は、現実というものに対し、フィクションの側から見る文学活動に留まらざるを得ない。

20世紀の大哲学者José Ortega y Gassetが、執拗に使った言葉にEL Espectador(傍観者)がある。
日本で言う傍観(ぼっとして眺めている)ではなく、「距離を置いて見ない限り、現実は見えて来ない」ということで、スペインという、一筋縄ではいかない、そして、実像を詳らかにしてくれない国は、経済、政治、文学だけを見ていても分からないのではないか。

私は、Ortega大先生に従って、もっと低次元の傍観者に留まりたいと思う。
   
  (質疑応答)
  (1) 「親の年金があればパラサイト・シングル生活が可能か?」
毎夏、スペインに行っている。友人カップルの彼氏(25歳)は失業者だが、旅行する場合は、経済的余裕のある彼女(先生、実家も裕福)が費用を出しており、日本で言うパラサイト・シングルのように、親達の年金があれば、仕事がなくても生活は可能か?
 
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昨日のスペインの新聞に出ていたが、スペインはリトアニアを抜き、ヨーロッパで貧富の差が一番大きくなってしまった。
私の友人には、グラナダに600㎡の家を持っていたり、ラ・マンチャに100ヘクタールの土地を持っているなど、とてつもない金持ちがいる。
 
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しかし、この夏までの僅か1年間で18.4%のスペイン人が経済的に苦しくなったと実感している。これは、かなりのものである。
お話のような方は事実いるが、そうではない人々も増えている。
 
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親の年金と言っても色々あり、聞く相手による。そうではない家も増えているのも事実である。大金持、下層だけでなく、この数年、中間層も増えておりこれも事実。お話のような例が、現在もまだ残っているのも事実。
   
2) 概況コメント
    昨今のスペインに関する報道は、ほとんどが経済危機の問題に収斂し、失業率何パーセント、国債云々で食傷気味となっていたが、清水先生のスペインの歴史、文学から捉えたご説明は非常に興味深く、過去何度も破綻した経験を持つスペイン、ひいてはEUの今後の動向が注目される。講演後は、スペインワインと共に話が弾み盛会となった。
     
    以上   
(文責 清水)




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