第38回定例会

日時:2008年4月11日(金)18:30~21:30

場所:サロン・ド・テ・ジュリエ

参加者:35名

1)報告 日本・スペイン社会保障協定(内田会員報告)
2)フェルナンド・バレーラ氏 講演

1)報告

  • 日本-スペイン政府間で社会保障協定の発効に向け交渉が始まりました。
    第一回公式交渉が2008年1月スペインで開催され、その結果を踏まえ去る5月12~16日東京にて第二回目の交渉が行なわれました。現在、協定を発効済みの国は欧州6カ国(英国、独、オランダ、ベルギー、チェコ、フランス)及び米国、韓国の合計8カ国です。発効後は、①社会保障税の二重払いが解消され企業負担が軽減する他、②年金受給者にとっては(年金加入期間の合算により)掛捨ても解消出来る事になります。今回の交渉後、ペンディング案件として残った点が解決し次第、11月(予定)に協定が発効される見通しです。
  • (文責・内田)

2)講演

    「スペイン経済の現状・課題と公正取引委員会の役割」
    講師:フェルナンド・バレーラ氏(ガリシア・公正取引委員会委員)

  • 1994年から1998年まで在日スペイン大使館経済商務部所長そして金融財務参事官(スペイン銀行東京事務所所長)として活躍され、この日西クラブの産みの親でもあるFernando VarelaCarid氏が、公正取引に関する国際会議(京都)に参加するため4月に来日しました。この機会に、総選挙直後のスペイン経済が直面する課題と、現在、委員(理事)を務めているTribunal Gallego de la Defensa de la Competencia ガリシア・競争擁護裁判所(ガリシア公正取引委員会)職務の観点から、企業合併が進むEU・スペインにおける公正取引委員会の役割について、わかりやすく解説しました。講演はスペイン語で行われ、司会者(戸門会員)による「まとめ和訳」が付きました。 以下が講演骨子です。
    1. スペイン経済の現状と課題

      スペイン経済は近年、ひじょうに順調な経済成長を遂げてきた(実質成長率 04年3.3%、05年3.6%、06年3.9%、07年3.8%)。雇用創出(失業率大幅改善)、財政黒字化、好景気にもかかわらずインフレ抑制可能などマクロ経済の安定性拡大も見られる。世界経済とりわけ米国経済、EU経済の低成長率、不確実性拡大によって、スペイン経済も成長率鈍化・低下を回避するのが難しくなるだろう。これにより、スペイン経済の弱点が顕在化するリスクもある。
      スペイン経済の弱点としては、①家計の負債が高水準に達している、②経済システムに硬直性が見られる、③EU先進諸国との間でインフレ格差が存在する、④スペイン国際収支では大幅な経常赤字が発生している、⑤これまでの景気拡大は建設部門に過度に依存していた,等の要因が指摘できる。他方、スペイン経済の長所としては、①金融システムの安定性、②財政黒字で余裕のある財政政策、③豊富な労働力の存在、④魅力的な投資機会に恵まれていること、等があげられる。
      このような新たな状況下でスペインが担う課題とは、経済の軟着陸である。そのためには、適切な財政政策、堅固な金融システムの維持、競争原理の促進、構造改革の継続推進などが必要である。とりわけ、競争の推進は、経済政策の機軸として重要である。
    2. 自由競争(競争擁護 Defensa de la Competencia)の推進

      市場における適切な競争は、資源の最適配分、経済効率の極大化、経済活力源泉の創出、生産性・国際競争力の強化の面から必要である。また、自由競争の推進は、インフレ抑制、社会公正、経済統合の深化、戦略的産業政策の策定のなどの観点からみても、政策面での重要課題になっている。では、自由競争の擁護はどのような制度的枠組によって支えられているのか。
      自由競争擁護に関するEUの法令は、ローマ条約第81~89条、2002年12月16日付のEU規則第1号、2004年1月20日付のEU規則第139号である。スペインの法令は、2007年7月3日付自由競争擁護に関する法律第15号である。
      これらの法令に基づき、自由競争擁護の観点から禁止行為としてみなされるのは、①競争制限的協定、②支配的地位の乱用、③不公正行為によって自由競争を阻害する行為である。
      さらに、企業集中や政府補助金の是非の判断、積極的政策としての自由競争促進なども公正取引政策の範疇に入っている。
      EU加盟国スペインでは非常に厳しい罰則が適用されることになっている。上記の罰則行為があった場合、罰金は売上高の1~10%、法人代表者に6万ユーロ(約950万円)を限度とする罰金が科せられる。違反行為が継続する場合は、その行為が停止するまで1日あたり1万2千ユーロ(約180万円)の罰金が科せられる。
    3. 自由競争擁護組織・機関

      自由競争推進のための組織としては以下のものがある。
      EU–   欧州委員会の自由競争総局と欧州裁判所
      スペイン– 1)と2)からなる
      1)行政機関  中央政府の<自由競争国家委員会(CNC-Comision Nacional de la Competencia) = 公正取引委員会>と本権限の委譲を望んだ地方自治州(現在、カタルーニャ、ガリシア、マドリード、バスク、カスティーリャ・レオン、アラゴン、アンダルシア)における行政機関(具体的にはTribunal de Defensa de Competencia)がある。
      <注>「Tribunal」という名称を有するものの、これは司法機関ではなく、行政組織である。ゆえに地方の公正取引委員会と和訳するのが適切と思われる
      2)司法裁判所 簡易裁判所商事法廷、高等裁判所、全国管区裁判所、最高裁判所
    4. 自由競争擁護法・法律第15号(2007年)による改正点

      ● 自由競争擁護に関わる政策体系をCNC(自由競争国家委員会=公正取引委員会)に一本化した
      ● EUの法律に準拠させた
      ● 権限の強化を行った
      ● 組織の独立性を確保した
      ● 司法取引システムの導入(つまり当該者が内部情報等の提供など司法に協力すれば、その罰則が軽減される制度)
    5. 結語

      EUワイドかつスペイン内外で展開されるM&Aなど、企業間の戦略的提携が積極的に行われる時代を迎えている。国境を越えた商取引、企業間提携が進めば進むほど、自由競争の促進、公正取引の確保の重要性が高まっている。その意味で、政治的・恣意的介入の可能性を大幅に低下させる「自由競争国家委員会CNC」の権限強化・独立性の確保は極めて重要な一里塚となるだろう。そして、自由競争の擁護は、EUレベル、国民国家レベル、州レベルで木目細かい調査、政策判断が行われるようになっている。これもスペイン社会の新しい側面の一つである。バレーラ氏が勤務するガリシア州公正取引委員会も、(例えば、葬儀屋業界の自由競争阻害など)従来の地域限定型、零細規模企業のケースを告発・是正するよりも、地方経済、スペイン経済の活性化に真に繋がるような、市場経済の機能保全という全体像を重視するケースに積極的に取り組むようになっている。
    <司会者・受講者としての印象>

      ハーバード大学で行政学修士号を取得し、ワシントンのIMFで局長を務め、故郷ガリシアのサンティアゴ大学で応用経済学を非常勤講師として講じているバレーラ氏は知的な学究肌の人物である(人物としては、ガジェーゴらしく控え目で他者への思いやりに満ちた心優しい方である)。その彼が、じっくりと語った第38回定例会の講演は、そのテーマと内容から見て、本格的な「社会人ゼミ」のレベルに達していたと思われる。久しぶりに、本格的な「講義」に出席したとの感を強くしたのは、この文責者だけではないだろう。
    <あとがき>

      講演終了後、澤木副会長から流暢なスペイン語でのスピーチがあった。本会の産みの親であるバレーラ氏との10年ぶりの再会の喜び、この間も本会がしかりと根を張って継続して活動を続けていることを指摘し、本会において示唆に富む講演を行ってくださった労力に感謝し、(他用で本定例会に出席できなかった)田中会長からの謝辞を伝えつつ、乾杯の音頭を取られた。返礼として、バレーラ氏からも心温まるスピーチをいただいた(スペイン銀行時代にバレーラ氏の補佐として活躍された碇順治会員にスピーチを和訳いただいた)。彼の発した「サルー」の言葉とともにパーティーが始まり、10年前にタイムスリップしたかのように、あちこちで昔話に花が咲いた。
      以上
      (文責 戸門)