第50回定例会

日時:2010年9月28日(火)18:45~21:30

場所:カフェ・ジュリエ

参加者:35名(講師及びご家族、ゲスト9名を含む)

1)黒田清彦 氏(南山大学法学部教授、日本スペイン法研究会会長)  講演
2)概況説明

1)講演

    黒田清彦 氏(南山大学法学部教授、日本スペイン法研究会会長)
    「スペインの大きな変化」
講師略歴
  • 東京外国語大学スペイン科国際関係専修課程ご卒業後、一橋大学大学院法学科 研究科修士課程、マドリード・コンプルテンセ大学法学部博士課程、一橋大学 大学院法学研究科博士課程修了、その後、玉川大学文学部講師、南山大学法学部 教授、マドリード・アウトノマ大学法学部客員教授、南山大学法学部長を歴任、 現在は南山大学法学部法律学科教授、日本スペイン法研究会会長を務められている。
講演概要
  • 黒田教授は、日本スペイン法研究会会長として、最近も『現代スペイン法入門』を同会・サラゴサ大学法学部・Nichiza日本法研究班の共著で上梓するなど、この道の権威としてご活躍中ですが、昨年4月より、一年間スペインにご滞在、現地の大きな変化に直に触れたご自身の体験を踏まえた形で、最近のスペインの状況、特に「男女平等法」、「歴史記憶法」(フランコ時代に迫害を受けた人達の復権・補償を目的としたもの)に付いて、分かり易く説明して頂いた。
  • 「サパテロ政権下の立法動向」 2004年3月11日の列車爆破テロの3日後に行なわれた総選挙の結果、PPに代わって4年振りにPSOE政権が復活、サパテロ首相率いる新政権は、新たな立法に次々と着手した。
    「民法改正」「歴史記憶年宣言法」「男女平等法」「歴史記憶法」「会社組織再編法」「妊娠中絶法」「刑法改正」「資本会社法」等あるが、(1)「婚姻・離婚に関する民法改正」、(2)「男女平等法」、(3)「歴史記憶年宣言法及び歴史記憶法」、(4)「妊娠中絶法」、(5)「刑法改正」に付いてご説明頂いた。
    1.「婚姻・離婚に関する民法改正」

  • 2005年の民法改正の特徴としては、(1)異性間の婚姻と同様の同性婚を認めたこと、(2)離婚につき原則として1年以上の別居期間があることを前提にした裁判上の離婚しか認められていなかった従来の制度を、婚姻締結後3ヶ月を経過すれば裁判上の離婚を請求できるとしたことが挙げられる。但し、これは、従来通り裁判上の離婚であって、我が国のように協議離婚が認められた訳ではない。
    2.「男女平等法」

  • -1979年の国連総会で採択され、スペインでも1983年に批准された「女性差別撤廃条約」の後、2002年と2004年のEU 指令に基づいて、2007年に「男女平等法」が成立した。この法律は、公的部門・民間部門を問わずあらゆる分野での男女平等を目指すため、選挙法・労働法その他多くの法律改正を促した。男女平等法で言及される組織や会議体については、「均衡のとれた構成」(composicion equilibrada)という文言がよく使われており、いわゆるクオータ制を採用している。同法の附則第1条によれば、それは一方が60%を超えず他方が40%を下回らない状態とされている。例えば衆議院、自治州議会、市町村議会などの議員選挙の候補者リストでは男女何れも40%以上を占めなければならないとされる。サパテロ政府自体、首相を含む18名の閣僚の半数が女性であり、特に公的機関は男女平等に積極的に取り組んでおり、私立大学は別として大学の教員の役6割は女性だと言われている。
  • 従業員間の男女平等が達成されていると判定された企業には、「企業内平等(Igualdad en la Empresa)」という呼称とエンブレムが付与され、例えば、政府の援助や受注における入札で優遇されるなどの特典を享受出来る。
    3.「歴史記憶年宣言法及び歴史記憶法」

  • 2006年は、スペイン第二共和制が成立した1931年から数えて75年、共和国政府軍対反乱軍の内戦勃発から数えて70年という節目に当たる年であった。その為、同年7月7日の法律第24号によって、この年は「歴史記憶の年」(Ano de la Memoria Historica)とされ、内戦及びその後のフランコ独裁体制の犠牲となった人々を追悼するための方策が規定された。具体的には、2004年9月に閣内に設けられた犠牲者調査委員会が衆議院憲法委員会に対して報告書を提出すること、デザインなどの一般公募も念頭に置いた記念の切手や標章を作成すること、第二共和制、フランコ独裁および自由の為の闘いに関する教育書籍・ビデオの出版や図書館所蔵を文化省や自治州に命ずること等を内容とするものである。これが犠牲者調査委員会の設置とともに世界的に反響を呼んだ歴史記憶法の前提となった。
  • -歴史記憶法(Ley de la Memoria Historica)の正式名称は、「内戦および独裁の間に迫害または侵害を受けた者の権利を承認して拡大し救済手段を設けるための法律」(Ley por la que se reconocen y amplian derechos y se establecen medidas en favor de quienes padecieron persecucion o violencia durante la Guerra Civil y la Dictadura)で、この正式名称からも窺えるように、1936年から1939年にかけて共和国政府軍と反乱軍との間で戦われた内戦およびフランコ独裁体制(内戦勃発から数えて約40年間)における犠牲者の復権を目的とするものである。もちろん、戦傷者や遺族に対する補償・救済が従来なおざりにされていた訳ではなく、民主化(1975年11月20日フランコ死亡)以降、個々の法令によってそれなりの手当はなされてきたが、本法は、いわば補償・復権の拡大集大成であり、目新しい施策としては、スペイン各地で射殺され墓標もなく埋められたままの犠牲者の所在を捜索し身元を確認するための公的バックアップ、国外追放や亡命によって国籍を失ったり放棄せざるを得なかった者やその子・孫に、さらには内戦における国際旅団の義勇兵にも、スペイン国籍取得の途を開いたことである。
    スペイン国籍の取得については、この法律で初めてのスペイン国籍取得例が報じられた(2008年)キューバでは、13万人以上がスペイン国籍を求めてハバナのスペイン領事館に申請しており、既に2,000人以上が国籍を取得している。又、アルゼンチンなど他のイベロ・アメリカ諸国でも取得例が報告されている。
    4.「妊娠中絶法」

  • 現妊娠中絶については、母体の危険および胎児の重大な心身障害の場合および強姦による妊娠の場合に、法定の重大な要件の下で妊娠中絶が容認されていたが、これらの場合でない限り妊娠中絶は認められず、出産を望まない妊婦は、闇で中絶を依頼するか国外に出て中絶手術を受けるしかなかった。このような状況下、女性の産まない自由を求める声が高まり、これを背景にした政府案は2008年12月17日に衆議院で可決された(賛成184、反対158、棄権1)。いわゆる妊娠中絶法(Ley de aborto、正式には「性と生殖の健康および任意の妊娠中絶に関する組織法」:Ley Organica de Salud Sexual y Productiva y de la Interrupcion Voluntaria del Embarazo)である。その骨子は、受胎14週目までであることを条件として、成年者はもとより、親の同意または許可がなくても16歳以上であれば未成年者(18歳未満)でも専門医への中絶依頼が可能(但し、中絶まで3日間の熟慮期間を要する)とするものである。今年2月25日には参議院を通過しました(賛成132、反対126、棄権1)。女性の権利・自由の主張(Pro choice:産む・産まないの選択自由派)が胎児の生命尊重の主張(Pro life派)を制した形であるが、何とか国会で可決はされたものの、伝統的にカトリック信者の多いスペインでは反対論も根強く残っている。
    5.「刑法改正」

  • -スペイン刑法典は、直近では1995年に改正されたが、その後の社会状況(テロ犯罪・性犯罪・交通事故・汚職など一向に減らない犯罪に加えて、ハッカー行為を始めとする様々なネット犯罪・臓器違法売買・環境汚染などの新たな触法行為)に鑑み、司法当局は刑法改正を検討、そして、昨年11月13日、閣議決定された刑法改正案は衆議院に上程され、今年4月30日に衆議院での採択、同年6月9日に参議院での採択を経て、同月22日に国王の裁可を経て、翌23日に公布された。
  • -改正刑法の特徴は、全体として犯罪の重罰化が図られたこと、新たな犯罪類型を設けて処罰対象としたことである。もっとも、重罰化と言っても、死刑が復活したのでもなければ、最高40年の禁固刑の制限に変更が加えられたわけでもない。 重罰化の例としては、性犯罪、特に年少者に対する性的虐待、汚職(贈収賄・違法工事と監督官庁の責任)、不動産の不法占拠やgrafitiと呼ばれる落書き、交通法規違反など、何れも今日的な社会問題とされてきた事項である。 重罰化の一態様として最も注目を浴びたのは、テロ殺人の時効廃止である。従来、刑法は、人道に対する罪、ジェノサイド、および戦時において保護される人及び財産に対する罪の3種類の犯罪について時効を認めなかったが、今回の改正では、「人の死を惹起した場合」の「テロ犯罪(delitos de terrorismo)」が加えられた。テロ犯罪との関係においては、テロ行為のみならず、その周辺行為も処罰の対象にすべきであるとの議論が以前からあったが、新法は、テロ要員の確保・教育・訓練及びテロリストへの資金援助も新たな犯罪類型とした。
  • -テロ問題といえば、従来はフランコ時代からテロ活動を行ってきたバスクのETA(Euskadi Ta Askatasuna:祖国と自由)と同義語であったが、2004年の11-M事件に象徴されるように、イスラム過激派の無差別テロも新たな脅威となってきている。日本では去る4月27日、重大犯罪につき公訴時効を廃止または延長する法改正が成立したが、テロ事件という状況は日本と異なるものの、スペインでも犯罪被害の遺族の声が時効廃止に大きく作用したと言える。
  • -今回の改正で新たに設けられた犯罪は多数に上るが、今日的な類型が目立つ。例えば、スペインは世界でも有数の臓器移植国として知られているが、新法は、「他人の臓器の違法な入手もしくは取引又はその移植を奨励し、これに特典を与え、便宜を図り、又はその広告をなした者を3年から12年の禁固に処することとした。いわゆるハラスメント(acoso)も社会問題となっており、侮辱罪・中傷罪を定める第173条第1項には職場や住居におけるハラスメントを追加した。世界的な問題となっているネット犯罪は、詐欺罪の一態様として第248条に規定されていたが、ハッカー行為を始めとするタイプ毎に構成要件が具体化された。
    -質疑応答-

  • 1.「歴史記憶法」成立の結果、フランコ支持派が不利益・圧力を受けることはあったか?国全体が割れてしまう恐れもあり、PSOEゴンザレス政権下でも、慎重に対応、これがスペインの良さ、大らかさを示すものと思っていたのだが?
    -詳細は分からないが、法律の規定では、フランコ時代の刑事・民事責任を問うということはない。サパテロ政権下で実施に踏み切ったのは、被害者、遺族の声が高まって来て無視出来ない状況に至ったということであろう。しかし、反対意見も多く、ガルソン判事がA級戦犯を中心に追訴しているが、賛否両論あり、スペイン市民社会に亀裂をもたらしている。

    2.不動産不法占拠されたことあり、不法侵入罪の申し立てをしたが、そういう法律はないと言われたが刑法改正後はどうか?
    -新しい刑法には規定がある。刑法では、類推、拡大解釈をしてはいけないので、判事はそう言ったのではないか。

    3.テロ殺人に対する時効に遡及力はあるか?
    -遡及力はない。尚、司法当局とガルソン判事では見解の相違がある。事件が起きた時は、共和国刑法によれば、殺人、違法逮捕又は傷害という通常犯罪であったと考えられる。

    4.フランコ体制下で被害を受けた人々の復権の具体的な内容はどうか?
    -条文を確認していないが、例えば、公民権を停止されたままの人々や名誉毀損で起訴された人々が元の状態を回復することと思われる。

    5.(1)民法改正に関連、従来は一年間別居すると離婚の対象になり、企業として家族の承諾がないと配転命令を出せなかったが、労働関連以外でも改正の影 響はあるか?
    -よく分からない。
    (2)企業内平等のエンブレムは、第50条第4編「雇用」に入っているが、労働関連ではなく、寧ろ企業の社会的責任を促すために、第7編「企業の社会的責任」に入れた方が良かったのではと思うがどうか?
    -よく分からない。
    (3)「妊娠中絶法」は反対が多い中で、組織法(Ley organica)としており、一方、「歴史記憶法」は普通法(Ley)としているが、逆の方が良かったのではないか?組織法の場合、改定には衆議院の過半数が必要である。
    -その通りである。「歴史記憶法」はこれだけ重要なものが何故、普通法なのか理由は分からない。妊娠中絶法は、成立が危ぶまれた程、反対が多かったが、寧ろ簡単に変えられないようにしたのかと推測される。

2) 概況説明

  • 難しい法律問題を分かり易く、面白く解説して頂き、質疑応答を含めて1時間半の非常に有意義な講演であった。講演後の懇親会では、スペインワインを楽しみながら大いに談笑、親睦が深められた。

以上
(文責 清水)