第55回定例会

日時:2012年1月23日(月)18:40~21:30

場所:カフェ・ジュリエ

参加者:43名

1)第一部:井戸光子氏、金関あさ氏
  第二部:「ミニコンサート」(カルロス・バルド氏のギターソロ)
2)概況説明

1)第一部:講演①

    金関あさ氏(スペイン大使館経済商務部)
    「ニュー・スパニッシュ・ブックスNSBの仕組み」
講演概要
     

  • NSBはイギリスでスタートしたプロジェクトで、フランス、ドイツに次いで昨年、日本でも立ち上げられ、今年は米国も参加した。
    インターネット・サイト上で 日本で翻訳出版が可能なスペインの新刊書籍が紹介される。
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  • 仕組みとしては、スペイン本部の呼び掛けでスペインの各出版社が1~3冊選択、本部がそれを基に、5つの市場に、原書とA4版一枚のデータ(あらすじ、著者紹介、版権のコンタクト情報)を提供する。
    日本では翻訳はイスパニカが担当、春夏号、秋冬号、年2回、情報を更新しているが、毎回約200冊の送付があり、その中で、日本市場で紹介したいものを15冊前後選んで、お薦め書籍として発表している。
    毎回、異なった選考委員(東大/野谷文昭氏は変わらず)に選択してもらうが、第1回目の会議で25冊に絞り、第2回目の会議で約15冊を決定する。
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  • 第1回目に選ばれた14冊の中から「サグラダ・ファミリア」(外尾悦郎氏著)が昨年11月、原書房より発刊、これが最初の形のものとなった。
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  • 尚、サイトには出ていないが、コミックで「Arrugas(皺)」を紹介したい。
    これは、アルツハイマーをテーマとした、切ないがほろっとする作品で、アニメーション化され、スペインのゴヤ賞、米国アカデミー賞にもノミネートされた。 (その後、2月23日、セルバンテス文化センターで試写会、原作者のトークショーもあった。)

1)第一部:講演②

    井戸光子氏(イスパニカ代表)
    「具体的な本の説明」
講演概要
     

  • 「サグラダ・ファミリア(ガウディとの対話)」(外尾悦郎著、宮崎真紀訳、原書房発行)
    専任彫刻家としてサグラダ・ファミリアに30年以上関わっている外尾悦郎氏が、これまでの経験や困難を穏やかに語る。細部も含め200以上のカラー写真が添えられ、ガウディという偉人と、その遺志を受け継ぐ人々の心が伝わって来る対話集。
    自分は今までサグラダ・ファミリアにそれ程心に響くものを感じなかったが、外尾氏自身がキリスト教の洗礼を受けた方で、その辺の事情や、永遠に終わりのない聖堂づくり、これに関わる人々の精神の高みに触れられ非常に感動した。是非とも一読をお薦めしたい。
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  • 昨年の実績としては、春夏号として220冊、秋冬号として200冊が届いており、この春夏号では170冊(内、児童書58冊、評論を含めた文学書47冊、コミック7冊、残りはノンフィクション他)となっている。
    書誌データと作者紹介、あらすじ紹介が1枚に纏められており、それを翻訳している。
    昨晩、丁度、最後の170冊目を終えて、大使館に送ってほっとしていて、今日は渡辺万里さんの講演を楽しく聞こうと思っていた所、立場が違ってしまった。
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  • ここから少し、NSBと離れた話をしたい。NSBはスペインの出版社から出ている本が取り上げられるが、第1回目は中南米関連のものは未だ少なかった。しかし、第2回、第3回と徐々に増えて来ている。
    NHKラジオテキスト「毎日スペイン語」で5年程前から書籍紹介をしているが、2000年を過ぎた頃からラテンアメリカもの、特にコロンビアものが非常に多くなっている。
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  • (例えばノンフィクションでは下記作品が上げられる)
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  • 「コロンビア内線(ゲリラと麻薬と殺戮と)」(伊高浩昭著、2003年、論創社発行)
    一般的にコロンビアというと、麻薬、ゲリラ、エメラルド、美人が思い浮かぶ。
    左翼ゲリラvs国軍+極右準軍部隊の戦闘が今も続き、麻薬資金が乱れ飛ぶ。40年に及ぶ泥沼の内戦に、真の出口はあるのか?元共同通信社記者の著者が、ジャーナリストの目から現地の様子を鋭くえぐり出している。
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  • 「ビオレンシアの政治社会史(若き国コロンビアの“悪魔払い”)」(寺澤辰麿著、2011年、アジア経済研究所発行)
    2007年から2010年まで3年間、駐コロンビア大使としてボゴタに滞在した著者が、政治と社会史の両面からコロンビアを分析、一般のイメージに対する反論を展開、南米でも最も進んだ民主主義国だと紹介している。
    ちょっと専門的過ぎるか?暴力が何故この国を覆ってしまったのかが分からない。
    コロンビア人自身がそれを認めてしまっているのでは?
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  • (フィクションとしては下記作品が上げられる)
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  • 「ロサリオの鋏」(ホルヘ・フランコ著、田村さと子訳、2003年、河出書房)
    1999年に発表されたこの小説は、コロンビア国内でガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」以来のベストセラーとなり、ホルヘ・フランコは第二のガルシア・マルケスとまで謳われている。
    ロサリオは暗殺者で、8歳の時に自分を強姦した相手(母親の恋人....)の局部に鋏でもって復讐を遂げた、という逸話からTijeras(鋏)とあだ名され、スラム生まれの出自をマフィアの情婦兼殺し屋となることで乗り越えたロサリオ、そして、ロサリオの恋人エミリオの切なさ、苦しさが、メデジンのカルテルの嵐が吹き荒れていた時代をバックに語られており、これが恋愛小説かと思えるような素晴らしい小説。
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  • 「さよなら自ら娼婦となった少女」
    (ラウラ・レストレーボ著、松本楚子、サンドラ・モラーレス・ムニョス訳、2010年、現代企画室発行)
    油田地帯から遠くない場所に「ラ・カトゥンガ」という売春街がある。この街にある時、一人の美少女がやって来て、売春婦になりたいと言う。身元引受人となった経験豊かな老女は、少女を「サヨナラ」と呼ぶことにする。
    著者は巻末に、「ある日本人女性から実際に身の上話を聞いた」と記しているが、このことと主人公に「サヨナラ」の名を付けたのとは無関係ではないだろう。
    少女はやがて、男を惹きつけてやまない不思議な魅力を持つ天性の娼婦であることが分かり、石油労働者らの憧れの的となる。石油基地の娼婦館に突然、美少女が現れる所は「荒野の用心棒」を思い起こさせる。
    ガルシア・マルケスの女性版といった感じ。
    知的な文章で訳も本当に美しく、日本でもこれだけの訳が出来るのかと嫉妬する程の訳だと思う。
    これも是非とも読んで頂きたい。
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  • 「顔のない軍隊」(ベリオ・ロセーロ著、八重樫克彦・由貴子訳、2011年、作品社発行)
    コロンビアには多くの武装集団が存在し、夫々が麻薬密売や誘拐、テロに暗殺といった犯罪を繰り返している。だが、著者は「コロンビアにひしめく犯罪」ではなく、「災厄に巻き込まれた人々の絶望と混乱」を書いた。
    舞台となっている村はどこにでもある平凡な地方の村で、政府軍と左翼ゲリラと自警団に発する右翼勢力が、麻薬や誘拐の身代金を資金源に勢力争いを展開している。
    誘拐されて、身代金を払えずに殺される村人たち、残された人達は、逃げ出そうにも逃げられない。コロンビアは今そんな状況らしい。
    たんたんと語られて行くバックにある恐怖がじわじわと押し寄せて来て一気に読める。その筆の力が凄いと思う。
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  • 「エロイーサと虫たち」
    (ハイロ・ブイトラゴ著、ラファエル・ジョクテング絵、宇野和美訳、2011年、さ・え・ら書房発行)
    遠く離れた町へやって来たエロイーサは、知らない人ばかりで心細く、まるで自分が虫になったよう。幻想的な虫が闊歩するページにびっくりしながら読み進むと、虫がだんだん人間らしくなってくる。難民の現状を伝える絵本として、国連難民高等弁務官事務所の支援でメキシコで出版されたコロンビアの絵本。
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  • 「雨上がりのメデジン」(アルフレッド・ゴメス・セルダ著、宇野和美訳、2011年、鈴木出版発行)
    貧民街に住んでいる少年2人が、図書館で出会ったのは...。何か心の静まる、読むことは未来への希望だと教えてくれる本。コロンビアの現状もよく分かる。
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  • 「崖っぷち」(フェルナンド・バジェホ著、久野量一訳、松籟社発行)
    弟がエイズで死にそうだという連絡を受けてメデジンへ帰って来たフェルナンドが一人称で語る物語。未だ四分の一しか読んでいないが、あとがきを読んだ感じでは、国も宗教も母も全て否定して行く否定文学で、ラテンアメリカで最も挑発的な作家と言われる著者の邦訳作品第1号。本の帯にも「拝啓、くそったれ世界様」という非常に挑発的な帯が付いている。
    「ロザリオの鋏」、「サヨナラ-自ら娼婦となった少女」の底辺にも、どうしようもない現状への怒りがあり、これが本書では真正面からストレートに出て来ており、実はそこまで愛して来た、その裏返しがあるから、否定があり、怒りがあるというのが何となく分かって来る。これも一気に読めそうな本でお薦めしたい。
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  • (スペインの絡みで言うと、昨年、ヴィレッジブックスから発行されたもので下記作品が上げられる。)
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  • 「キャンバス」(サンティアゴ・バハーレス著、木村榮一訳)
    存命中の画家の作品が1,000万ユーロを超える高額でプラド美術館に落札されるが、その後、画家本人が手直ししたいと言い出す。解決策はただ一つ、盗み出して修復することだが、果たして芸術は全てに優先されるのか?窃盗計画と並行して父と子、元教師と生徒など、人と人の誠実な関係が優しく描かれ、一気に読み進める。
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  • (そして、小説ではないが、この2月2日発売予定の下記作品が上げられる。)
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  • 「フランコと大日本帝国」(フロレンティーノ・ロダオ著、深澤安博他訳、晶文社発行)
    内戦から第二次世界大戦終了に至るスペイン・フランコ政権のアジア外交を論じた書。スペイン政府の協力を得て日本が構築した対米諜報網、中国やフィリピンにおける両国の利害の錯綜等、虚々実々の国際政治の暗部を描いた外交秘史として興味深い。
    グラシアン基金(スペイン文化省と日本の大学間における文化協力協定)の助成金を得て刊行された。
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  • これからも色々な本が出て来ると思うが、1冊でも多く日本で出版されることを願って止まない。

2) 概況説明

  • 定例会当日に講師の渡辺万里氏が急病で倒れ、どうなることかと心配したが、イスパニカの井戸光子氏、大使館の金関あさ氏にピンチヒッターを引き受けて頂き、結果として非常に知的な良い講演となった。又、カルロス・バルド氏のギターソロも心に響く演奏で皆様にお楽しみ頂けた。 講演後は、尾島博氏の工房「セラーノ」製の生ハム(幻の豚肉と呼ばれる梅山豚の)をスペインワインと共に楽しみ、新年会に相応しい盛会となった。

以上
(文責 清水)