第56回定例会

日時:2012年3月22日(木)18:45~21:30

場所:カフェ・ジュリエ

参加者:27名

講演:高橋 文明氏(前スペイン駐在日本国大使)

  「最近のスペイン情勢と日本」

講演概要

田中会長より「今年度最後の定例会を飾るに相応しいテーマで、イギリスのMr.ビーンに似たサパテロ首相の顔が渋く変わって来た時期に駐在され、広い視点から見た、且つ走って行く高橋大使のご性格を表したお話を期待する」との冒頭挨拶に始まり、下記前置きの後、詳細なる資料を基にお話を伺った。
「スペイン駐在は2年3カ月で初めての経験であったが、仕事も生活も面白かった。スペインとの関わりは、イラク復興支援担当大使の時である。2003年4月、イラク戦争勃発時、既に 戦後の復興を見越して、米・EU・アラブ首長国連邦でコンタクト・グループを設置、最後は10月にマドリードで国際会議が開催された。」
    1. スペインの国力・重要度の認識
     本論に入る前に、日本に於けるスペインの重要性に付いて再確認したい。日本は世界第2位の経済大国であるが、スペインも2007年ではGDP世界第8位の経済大国であり、2007年以降の経済危機で2010年には第12位に落ちてはいるものの、EUではイタリーに次ぐ第5位の大国であり、スペインの重要性に付いて喚起したい。
     旧宗主国として、スペイン語を通したラテンアメリカに対する文化的影響力は強く、中南米も踏まえた関係を築く必要あろう。
     又、軍事面(PKO)、対外援助でも貢献しており、国際的な政治面での役割も高まっている。ODAでは日本は従来の世界1位から5位(2011年)に低下しているが、スペインは世界7位である。
     銀行セクター、電力セクター等で世界で活躍する企業も多く、特にインフラ関連では、世界トップ10社の内5社はスペイン企業である。
    2. スペインの外交政策
    PSOからとPPに代わっても、外交政策はそれ程異ならない。
    (1) 地域別優先順位
      ①PSOE:EU、       PP:EU
      ②PSOE:中南米、EU    PP:アメリカ大陸、特に米国
      ③PSOE:北アフリカ、中東  PP:地中海
    ラホイ首相は自ら外交政策を語ることはなく、もっぱら外務大臣が発言しているが、マルガージョ外相は対議会説明にて、この3基軸は1492年以来、常に変わらぬ三つの基本としているとした。
    (2) 国力に相応しい国際的地位・影響力の追求
    欧州に於ける重要性を高め、国連安保理常任理事国入りは無理だがG20への参加を重視、これには日本も応援している。
    PSOEは米国、NATO諸国との関係をギクシャクさせたが、PPはNATO重視を打ち出している。大国としての意識から、国外派兵、ODAの増大に注力。
    (3) 経済成長・雇用創出に資する外交
    経済重視の観点から、アジア、中国、インド等の新興国との取組みを重視するとしているが、日本は 余り重視されておらず、日本の重要性を繰り返しアピールし、印象付けることが重要である。
    日本と中国の比較では、スペインの中国からの輸入は、日本と比べ5倍以上、中国への輸出は、2倍であり、対中貿易赤字は8倍である。日本からの輸入が減り、日本への輸出は余り変わらず、貿易赤字幅は小さくなっている。
    中国に対する投資残高は、日本に対する残高の5.5倍。中国のスペイン投資残高は殆どないが、大手銀行も進出して来たので、今後増えて来るであろう。
    2001年には、滞在している中国人は2.7万人だったが、2011年には16万人以上と急増している。一方、日本人は7千人で変化ない。
    中国のスペイン国債の購入は増えつつある。
    サパテロ首相は任期中、日本へは1回だが、中国へは4回訪問した。しかし、日本にはそれなりのストックがあり、日米欧での取り組みが大事である。
    3. スペインの経済成長と国力の伸長はEU・ユーロ加入の賜物
    1993年、EU加盟後、2回の好況のサイクル(1986-1991,1994-2007)により、25年間で1人当りGDPは3倍拡大、EU平均を上回る拡大を達成、2005年イタリーに追い付いた。
    EUの中の低開発国ということで、拠出額より受取額の方が多かった。1987年から毎年GDPの0.8%に相当する純受取額があり、30万人の雇用を創出、スペイン国力アップに貢献した。
    EU加盟後、他の経済大国との貿易拡大、対EU輸出は75%、輸入は76%、投資は90%以上がEUからの受け入れであった。
    2007年には財政黒字1.9%を達成、しかも3年連続であった。
    ドイツ、フランスは元々、ルールを守っていなかったが、スペインは直近の3年間を除いて、財政赤字対GDP比を3%以内に抑え、債務残高対GDP比に関しては2010年を除いて一度も違反したことがない。
    リーマンショック以降、2011年第4四半期、失業率23%弱と失業問題が顕在化した。
    4. ユーロ危機とスペインの経済政策
    (1) 国際金融市場で国債の売りを浴びたが、スペインだけが狙われたのではない。
    PIG → PIGS → PIIGSと揶揄されるが、ポルトガル、アイルランド、ギリシャ程悪い訳ではなく、ユーロ危機の全体の煽りを受けたと言える。
    (2) 2010年に入ってから、2013年に於けるEU安定化目標に向けて、財政赤字削減、金融機関の整理等の経済構造改革に本格的に対処し始めた。
    この結果、財政赤字に付いては2011年6%、2012年4.4%、2013年3%達成との予測を打ち出し、金融機関に付いては、Cajaを45行から15行に整理統合した。大手銀行は特に問題はない。
    ラホイ政権のこうした改善策は市場で評価され、昨秋以降、国債の市場消化は順調に推移している。
    (3) そもそもユーロ危機の本質は経済危機というより政治危機で、EUは通貨政策統合のみで経済財政政策の統合が進んでいないことに問題がある。
    (4) ラホイ政権とその経済改革措置
    サパテロ政権と異なり350議席の内、185議席をPPが占めているので、政府レベルで法律を作り即行、議会に提出、単独過半数で採択出来るので、矢継ぎ早に改革措置を取れた。
    PSOEから引き継いだ時点では、財政赤字は対GDP比率6%だったが、よく見ると8%であった。
    公務員給与凍結で150億ユーロ捻出、GDP比率で1.5%減らした。
    労働市場改革に付いては、地域・業種ごとの労働協約によって決定される賃金・労働システムの適用を柔軟化し、各企業で経営状況に応じた労働条件の見直しを出来るようにした。
    失業率は一番の好況時でも8.3%あったので驚くに足りない。スペインでは、いざとなれば、家族で助ける伝統がある。
    賃金がRigidなため解雇で調整、結果として短期雇用に集中、影響は25歳以下の若者層に集中、失業率は40%を超える。PSOEは労組に頼っていたから改革は出来なかった。
    ハローワークのようなものがなく、マッチングシステムがないが、民間活用で改善を目指す。
    EUの規制に合致させる財政赤字GDP比率は憲法に書くべきで、憲法改正案を今回初めて議会提出した。
    こうした一連の改革は市場からも評価され、新政権は良いスタートを切った。
    5. 日西関係の幅の拡大の追及
    日西関係良好に推移していると言えるが、経済関係では、従来の低賃金での投資モデルは期待出来ず、新しい関係作りが必要である。
    大企業同士の間では、例えば、再生可能エネルギー分野で太陽熱プロジェクト、スマートコミュニティー事業の取り組みが始まっている。
    又、第三国での協調、例えば、中南米、マレーシアでの事業が始まっており、お互いの強みを活かした先端技術、第三国でのプロジェクトには政府間でも支援することが重要。
    日西経済合同委員会(両国の商工会議所が中心)が2003年以降活動中止されていたが、最近、再開の方向にあり、是非実現に期待したい。
    今まで手を付けていなかった分野、例えば、先端分野、科学技術面での協力が必要で、2010年8~9月サパテロ首相来日時、「科学技術協力協定」に署名、2011年1月には発効済みだが、その後の総選挙等の影響で合同委員会の立ち上げ等が遅れているが今後に期待したい。
    教育、大学、研究面での協力も十分でなく、留学生を増やすとか、学位相互認定とか組織的なアプローチが必要。
    安全保障面の関係が薄く、武官相互配置とか交流促進する必要がある。
    昨年4月、国防外交計画を策定、公表、56ヶ国と協力協定を結んでおり、20ヶ国と交渉中だが日本とは何もない。
    東日本大震災では、日本社会の対応に付き、感嘆をもって評価されおり、こうした日本再評価を活用することが重要である。
    6. 「日本におけるスペイン年」と「支倉使節団訪西400周年行事」
    「スペイン年」を既にロシア、中国では行なっており、サパテロ首相は、日本でもスペインとして2012年にやりたいと菅首相に提案したが、現時点では2013年か2014年を考えている。一方、日本としても、「支倉使節団訪西400年記念行事を2013年秋~2014年春に実施すべく、外務省を中心に検討中にて、両国間の関係に新しい弾みを付ける良い機会になるので、是非とも賛同、協力して欲しい。
(質疑応答)
  • (1) 「スペイン国債の市場消化は順調で、中国も買い始めていると言われるが、中国は今後もスペイン国債を買い続けると思われるか?」
  • 政策的かどうかは分からないが、外貨が余っているので、危険分散ということと、アメリカを牽制するということから買っているのではないか。
    日本とは異なり、スペイン他EU各国で国債が狙われるのは、外国に購入、保有されているからで、対外収支をバランスさせ、財政赤字を減らす必要に迫られている。
  • (2) 「円高で観光客が増えているのではと思うが、最近は首絞め強盗事件はどうか?」
  • 巡回システムを強化しており、日本語での注意看板も設置しているので、殆どなくなった。日本人以外の観光客が増えた所為か、日本人の事故はない。
  • (3)「スペインの経済成長に当たっては中南米からの移民労働力が貢献したが、移民はどうなったか?又、中国人が増えているが、何か問題は発生していないか?」
  • 移民は、今やお荷物になっているが、強制的に帰還させてはおらず、自然に任せている。中南米というより、東欧の移民が多かったが、同じEU圏なので自由である。
    中国人に付いては、未だよく分からないが、最近は日本人が中国人と間違われることが多くなっている。観光客としては日本人の方が好感を持たれている。
  • (4) 「第三国に於ける企業間協力は今後の進むべき道と思うが、特に中南米で、スペイン側は本当にその気があるのか?又、役割分担はどうか?」
  • スペインは宗主国としてのK/Hを、日本は技術を提供、WinWin関係が好ましい。自分としては、中国、アジアでの協力を提案して来たが、未だ具体例は出ていない。

概況コメント

    豊富な資料を基に最近のスペイン情勢を分り易くお話し頂き、本年度最後の定例会を飾るに相応しい講演であった。
    講演後は、スペインワインと共に話が弾み盛会となった。

以上
(文責 清水)